いくつもの週末と本
大好きな作家や本、おすすめの小説の感想などを気ままに書きたい時に書きたいだけ
| ホーム |
『いつもの朝に』~こぼれてしまったミルクの行方~




私は著者の本を幾冊か読んでおり、そのどれもがホラーであったりミステリであったりしたのでてっきりこれもそうかと思いながら手にとり愕然とした。
兄弟とは、家族とは何か。長いストーリーを飽きさせず最後まで一気読みさせる筆力に圧倒される。
ゾクっとするホラーの短編集も、ハラハラするミステリも好きだが、何より真っ向から家族について書いたこの小説が一番おすすめだ。
桐人と優太はひとつ違いの兄弟だ。
勉強もスポーツもでき、かっこよくみんなの人気者である桐人。
大して勉強もスポーツもそこそこ、顔はぶつぶつとニキビ面、性格もあまり明るくない優太。
何かにつけ優太をかばうできすぎな兄にコンプレックスを抱いていた弟。
父親は事故でなくなってしまったけれど、母親と三人で楽しく暮らしていたはずだったのに、ある日幼い頃からもっていたくまのぬいぐるみの中に秘密の手紙を見つけ、家族の歯車が狂ってゆく・・・。
最初はありがちな話だと思っていた。
できのよい兄に凡人の弟。あまりにも似てない自分に「本当に実の兄弟なのか?自分だけは誰か別の人から産まれたのではないか?」と悩むこともある。
だがそれはあくまで想像だからこそ呑気に悩めるのだ。実際に出生に関する秘密を知ってしまったら、それはどんな絶望だろう。
そして知らず知らずのうちに読者がミスリードされている部分がひっくり返された時、私まで心底絶望しそうになった。それは知ってはいけない。その真実はあまりにも重くて、きっとつぶされてしまうだろうから。
ありがちな話ではない、読んでいてつい肩に力が入り緊張していた自分に気がついた。兄弟のどちらにも気持ちを重ねてしまい、苦しくてたまらなくなってしまった。
だって、兄弟で相手を意識しないことなんてないもの。自分の方が秀でていれば親がほめてくれるし、劣っていれば僻みたくもなる。
誰よりも近い存在なのにまったく異なる人間。「公平に」と思うのは親だけで兄弟に公平なんてありえない。
唯一のよりどころが同じ両親から産まれた子どもという点なのに、そこがくつがえったらもう終わりだと思う。
著者はこれを旧約聖書のカインとアベルからヒントを得たらしい。
『氷点』でもテーマであったように、『重力ピエロ』でも家族が思い悩むように、生まれてくる子どもが原罪を背負っている場合、どんなにその子ども自身に非はなくとも悩み苦しむものだと思う。
自分が本当の両親だと思っていた人達はまったくの他人で、自分の実の親は人から後ろ指をさされるような人間だったと知ってしまったら。自分は絶対悪の道にはいかないと言い切れるか?ましてや他人にそう思ってもらえるだろうか?
自分を決定づけるものは遺伝なのか環境なのか。
何が怖いって、どれだけ環境を整えようとも「お前の本当の両親は憎むべき犯罪者だ」と聞かされ平気な子どもなんかいないと思ってしまうところだ。
だってそれは一生消えない呪いなのだもの。
親のようにならないよう精一杯努力し誰からも嫌われず生きていこうとしても、自暴自棄になって周りも自分をも傷つけようとも、どちらも親の影響をうけていることに変わりはない。
事あるごとに「自分はあの親の子どもなのだ」と思わずにはいられない。
だからこそ私は大事なのは環境なんだよと言ってやりたい。そしてその環境さえも自分自身でどうにでもなるんだよと。
真実を知ってしまった桐人と優太が向き合う教会のシーンは辛かった。
でもそうしなければこの二人は前に進めないのだとも思った。私なら言葉につまってしまうだろう、なんと声をかけたらよいかわからない状況で、必死に言葉を紡ぐ姿がけなげで。
本当の強さとはこういうことなのだろう。
暗く重いテーマに最後意外な救いがあってよかった。それはきっと誰もが真実から逃げなかったからなのだろうと思う。
![]() | いつもの朝に (上) (いつもの朝に) (集英社文庫) (2009/03/19) 今邑 彩 商品詳細を見る |
![]() | いつもの朝に (下) (いつもの朝に) (集英社文庫) (2009/03/19) 今邑 彩 商品詳細を見る |
スポンサーサイト
| ホーム |