いくつもの週末と本
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『おやすみ、こわい夢を見ないように』~せめて夢だけでもやすらかに~



日常のようでいてそうではない、もどかしさ息苦しさを描いた七つの短編集。
ずっと昔に読んで以来で懐かしく読み返したが、ほとんどの話を忘れていたので新鮮に読めた。
主人公達のやり場のない憤りやもどかしさ、息苦しさがダイレクトに伝わってきて、ああこの作者は本当に描写がうまいなとしみじみ。
数々の「こんなはずじゃなかった」をつぶやきながら、人はそれぞれの人生を生きていくのだろう。
今の自分が完全に間違っているとも不幸だとも言い切れない曖昧なままで。
苦境というほどでもなく、でも幸せでもない状況に立たされた主人公達は、それでもどこか爽やかに前に進んでゆく。
その強さしなやかさがいいなと感じた。
どの作品も味わい深いが、中でも表題作の「おやすみ、こわい夢を見ないように」がいいなと思う。
せっかくあこがれの高校に入学できたのに、元カレの執拗な嫌がらせで孤立してしまった主人公沙織と、賢くなんでも的確にアドバイスしてくれるのに、自分自身は不登校で一歩も外に出られない弟。
やり過ごしてもやり過ごしても変わらないいじめのような状況に「あいつを殺すしかない」と思い詰めた沙織は、弟の指南で格闘技の練習を始める。
ふとふり返ると浮かんでくる、まだあどけなかった頃の弟との思い出。二人だけの秘密の暗号、ラロリーの意味。
人が、やさしい気持ちのまま、そのままでいられなくなってしまうのはなぜなのだろう。
私には、自分への悪意をうまく振り払えずに周囲と摩擦を起こしてしまう主人公も、摩擦を恐れただひたすらそっと息をひそめ続ける弟もいたって自然に思えた。
無理に器用になる必要はないんじゃないか、生きにくくてもそのままでいいんじゃないか。
彼らに言ってやりたいような、そんな気持ちになった。
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『だれかのいとしいひと』~絵本のような情景に迷いこむ一冊~



この本のおすすめマークのひとつは著者角田光代へ、そしてもうひとつは表紙を含めた作画の酒井駒子へだ。
場面が目に浮かぶような描写と、その想像以上の世界をもたらしてくれるイラスト。どちらが欠けてもダメだったと思う。
そっと手にとって、汚れないよう大事に胸に抱えて歩きたくなる、そんな本だ。
どこか不思議な登場人物達がおりなす短編集。
主人公はみな大事な何かが欠けていて、最初はあまり共感し辛く楽しくない設定からはじまるのだが、次第に惹かれてしまいあれよあれよと物語にどっぷりつかってしまう。
転校を一度もしたことがないのが理由で彼氏にふられてしまった少女が転校生ばかりが集う会に紛れ込んだり-『転校生の会』
男と別れたばかりの女性が、合い鍵を使って彼の部屋へお気に入りのポスターを取り返しに行ったり-『ジミ、ひまわり、夏のギャング』
いつも友人の彼氏ばかりを好きになってしまう女性が女友達とその彼氏達(どちらとも内緒でデートをしたことがある)とバーベキューをしたり-『バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)』
別れそうなカップルが幼い姪をつれてほのぼのデートをしたり-『だれかのいとしいひと』
さみしくて、せつなくて、それでもどこかやさしいあたたかさで包み込まれるような物語ばかりだ。
いとしい誰かと別れたばかりというのは、言うなればヤバイ心境だと思う。
自分自身が全否定された気分にもなるし、これからお先真っ暗と悲観的にもなる。人によっては相手を刺して自分も死ぬ!くらいの狂気じみた発想までいってしまうかもしれない。
だが、本編に登場する主人公達はそこまでいかずに、ちょっとだけ現実逃避をしたり、ちょっとだけ未練がましくなったりと、ほんの少しだけ日常からはみ出る。
そのさじ加減がよく、不器用でまぬけで、でもとても真剣な彼女達がとてもかわいくいとおしく思えてくる。
私が特に気に入ってるのは『誕生日休暇』だ。
職場の休暇をなぜかひとりきりでハワイに旅行することになってしまった主人公。
まったく気がすすまないのに周囲の勧めに流されて、ハワイのそれも田舎のホテルまで来てしまった。もともとさっぱりやる気がないものだから、何をやっても退屈で後悔ばかり。
そんな中、レストランで一緒になった男性が声をかけてきて・・・。
最初予想していたのと全然違う話で、いい意味で裏切られた。よかった。
主人公のように最後はなぜか元気がでる、元気をもらえる作品だと思う。
![]() | だれかのいとしいひと (文春文庫) (2004/05) 角田 光代 商品詳細を見る |
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