いくつもの週末と本
大好きな作家や本、おすすめの小説の感想などを気ままに書きたい時に書きたいだけ
『グラスホッパー』~そういえばこの名前のカクテルにもやられた~
私が一番最初に読んだ伊坂幸太郎作品がこれ。
そして装丁で即買いしたはいいけれど、内容にがっかりしたのもこの作品。
当時私のジンクスで「借りた本は当たりが多いが、買うと外す。」というありがたくないものがあり、それにピッタリ当てはまってしまったもの。
だが話自体は私の好みではなかったが、文体や文章はなるほどなと思わせてくれ、伊坂作品と出会えた記念となる一冊でもある。
その点では色々と思い入れのある本だ。
妻を亡くした鈴木は、彼女を殺した男に復讐するため仕事を辞め、男の父親の会社の社員となる。
だが私利私欲を尽くし、敵が多かった男は鈴木の目の前で車道に押し出され車に轢かれてしまう。彼を押したのは『押し屋』と呼ばれる殺し屋だった・・・。
鈴木、押し屋の鯨、ナイフ使いの蝉の三人が交互に語り手となる。
軽快なテンポとセリフは伊坂作品の常で著者のお手の物。序盤から中盤にかけての伏線が、後半見事に回収される様は爽快。
だが私がどうしても受け付けないのは、物語の根底となるストーリーだ。
主人公である鈴木が復讐を誓うのはいいのだが、そこから怒濤の展開で人が死ぬわ死ぬわ。
え?これってヤクザ映画なの?と思うくらいにさくさく人が死んでゆく。
そして彼らが互いに殺し合う場面が妙にリアルで、でも必然性はなく読んでいると「ああ、受け付けないな。」と思ってしまう。
命を軽く扱って!と憤るわけではない。
ただ読んでいて不快に思ってしまうのだ。
のちに著者の他の作品を数多く読みふたたびこの本を読み返してみたが、やはり合わない。
他の本でも人は亡くなっているが、そこはあまり気にならないので、どうも能動的に殺人を中心にすえられると収まりが悪いということなのだろう。
知り合いの男性は「特に気にならなかった。おもしろかった。」と述べていたので、男女差や個人差もあるのだろうが。
ちなみににやりとさせられたのは家族の部分。
その必然性はさておき、そうきたかと一番驚いた。
きっとかれらはまたどこか他の伊坂作品で登場するのだろうな。
そして装丁で即買いしたはいいけれど、内容にがっかりしたのもこの作品。
当時私のジンクスで「借りた本は当たりが多いが、買うと外す。」というありがたくないものがあり、それにピッタリ当てはまってしまったもの。
だが話自体は私の好みではなかったが、文体や文章はなるほどなと思わせてくれ、伊坂作品と出会えた記念となる一冊でもある。
その点では色々と思い入れのある本だ。
妻を亡くした鈴木は、彼女を殺した男に復讐するため仕事を辞め、男の父親の会社の社員となる。
だが私利私欲を尽くし、敵が多かった男は鈴木の目の前で車道に押し出され車に轢かれてしまう。彼を押したのは『押し屋』と呼ばれる殺し屋だった・・・。
鈴木、押し屋の鯨、ナイフ使いの蝉の三人が交互に語り手となる。
軽快なテンポとセリフは伊坂作品の常で著者のお手の物。序盤から中盤にかけての伏線が、後半見事に回収される様は爽快。
だが私がどうしても受け付けないのは、物語の根底となるストーリーだ。
主人公である鈴木が復讐を誓うのはいいのだが、そこから怒濤の展開で人が死ぬわ死ぬわ。
え?これってヤクザ映画なの?と思うくらいにさくさく人が死んでゆく。
そして彼らが互いに殺し合う場面が妙にリアルで、でも必然性はなく読んでいると「ああ、受け付けないな。」と思ってしまう。
命を軽く扱って!と憤るわけではない。
ただ読んでいて不快に思ってしまうのだ。
のちに著者の他の作品を数多く読みふたたびこの本を読み返してみたが、やはり合わない。
他の本でも人は亡くなっているが、そこはあまり気にならないので、どうも能動的に殺人を中心にすえられると収まりが悪いということなのだろう。
知り合いの男性は「特に気にならなかった。おもしろかった。」と述べていたので、男女差や個人差もあるのだろうが。
ちなみににやりとさせられたのは家族の部分。
その必然性はさておき、そうきたかと一番驚いた。
きっとかれらはまたどこか他の伊坂作品で登場するのだろうな。
![]() | グラスホッパー (角川文庫) (2007/06) 伊坂 幸太郎 商品詳細を見る |
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『魔王』~おとーさん お父さん♪ はトラウマ~
じわじわと怖い。
随分昔に読んだ「デットゾーン」を思い出した。
日常から逸脱した超能力を手に入れた主人公が、必ずしも幸せになるとは限らない。
そんな切ない共通項で、主人公はじわじわと迫り来る恐怖と一人で戦わねばならない。
「魔王」と「呼吸」の中編二作が収録されており、前半は前述した能力により追い詰められる兄、後半はどこかのらりくらりとしている状況の弟という対比が面白い。
ただこれは後の『モダンタイムス』に続いていると知らなければ、結局世界はどうなったのか?と半端な気持ちのまま消化不良に陥ると思うのだがどうだろう。
会社員の安藤は弟の潤也と二人暮らし。
ある時、自分が念じたことを他人に喋らせることができる能力、名付けて「腹話術」を使えることに気がつく。
おりしも新進の政治家犬養が、その話術で巧みに人を惹きつけ、周囲はしだいにひとつの方向へ流されていく。
まるで過去の有名な虐殺者の存在をなぞるかのように・・・。
ファシズムへの懸念がまさに「魔王」の戯曲のように描かれていて、その取り込まれるような恐怖をとても強く感じる。
果たして自分はちゃんと自分の考えを話せているのか、誰かの言うがままではないのか、家族は?友人は?
主人公は幼い頃見た外国ドラマ「冒険野郎マクガイバー」の影響で、常に自分に「考えろ」と呟きながら考察するくせがあるが、まさにファシズムへの抵抗は自らが考えることにほかならない。
ただ、彼の戦いは孤独であり、その抵抗も最後まで孤独だ。
だからこそ「魔王」がエンドを迎えた瞬間は愕然とした。その後の「呼吸」を読むのをしばしためらったくらいに。
どうかこの作品を読む人はこれで終わりにせずに『モダンタイムス』も読み切って欲しい。
ずっと息を止めて走ってきたのが、それでようやく一息つけると思うのだ。
随分昔に読んだ「デットゾーン」を思い出した。
日常から逸脱した超能力を手に入れた主人公が、必ずしも幸せになるとは限らない。
そんな切ない共通項で、主人公はじわじわと迫り来る恐怖と一人で戦わねばならない。
「魔王」と「呼吸」の中編二作が収録されており、前半は前述した能力により追い詰められる兄、後半はどこかのらりくらりとしている状況の弟という対比が面白い。
ただこれは後の『モダンタイムス』に続いていると知らなければ、結局世界はどうなったのか?と半端な気持ちのまま消化不良に陥ると思うのだがどうだろう。
会社員の安藤は弟の潤也と二人暮らし。
ある時、自分が念じたことを他人に喋らせることができる能力、名付けて「腹話術」を使えることに気がつく。
おりしも新進の政治家犬養が、その話術で巧みに人を惹きつけ、周囲はしだいにひとつの方向へ流されていく。
まるで過去の有名な虐殺者の存在をなぞるかのように・・・。
ファシズムへの懸念がまさに「魔王」の戯曲のように描かれていて、その取り込まれるような恐怖をとても強く感じる。
果たして自分はちゃんと自分の考えを話せているのか、誰かの言うがままではないのか、家族は?友人は?
主人公は幼い頃見た外国ドラマ「冒険野郎マクガイバー」の影響で、常に自分に「考えろ」と呟きながら考察するくせがあるが、まさにファシズムへの抵抗は自らが考えることにほかならない。
ただ、彼の戦いは孤独であり、その抵抗も最後まで孤独だ。
だからこそ「魔王」がエンドを迎えた瞬間は愕然とした。その後の「呼吸」を読むのをしばしためらったくらいに。
どうかこの作品を読む人はこれで終わりにせずに『モダンタイムス』も読み切って欲しい。
ずっと息を止めて走ってきたのが、それでようやく一息つけると思うのだ。
![]() | 魔王 (講談社文庫) (2008/09/12) 伊坂 幸太郎 商品詳細を見る |
『終末のフール』~最初素で週末と間違えてたのはナイショ~


「小惑星が地球に激突し、8年後には世界が滅亡する」
そんな衝撃のニュースが飛び交い、人々がパニックに陥り各地で暴動が起こってはや5年。
最初の驚きもすっかり小康状態となり、それぞれの日常を過ごす8組の家族を描いた連作短編集。
著者らしく文章は巧みで読ませるし、それぞれが交わすセリフもいい。なのになぜか惜しいような、今ひとつ感情移入がしにくいような、そんな気持ちになってしまった。
おもしろいのになぜだろうと考えていたら理由がわかった。
これらの話はまるで“壮大な本編が別にある後日談”のようなのだ。
小惑星が衝突するとわかってからの様々なドラマがいわゆる本編で、それらを生き延びた登場人物のその後、サイドストーリーが8つと思えば納得がいく。もちろん著者は意図的にこの小康状態をメインにもってきたのだろうが、それが全編通して成功しているかと言われるとう~んと首をひねってしまう。
中には衝撃のニュースから5年たってからではない話も混ざっているのだから、それならいっそ年代をバラバラにし、ニュース直後から一年おきに全部で8つの話にしたらちょうど8年経つのにと思ってしまった。
舞台は仙台のヒルズタウンに住む8組の家族で、それぞれメイン以外の話でもちょこっと通り過ぎたりうわさにのぼったりするのが特徴。
中でも私が印象に残ったのは、ずっと子供ができなかった夫婦の、地球があと三年で滅亡するとわかってから妻が妊娠する『太陽のシール』
引きこもっていた少女がどうせなら最後に恋人を作ろうと思い立つ『冬眠のガール』
最後に洪水を見届けようと屋上に櫓を組む老人の『深海のポール』だ。
こうしてならべてみると、私はきっと未来に続く話が好きなのだなと思う。どうせ地球が終わってしまうとわかっていても、やっぱり未来に期待してしまう気はするし、その方が楽しいなと思うから。
![]() | 終末のフール (集英社文庫) (2009/06/26) 伊坂 幸太郎 商品詳細を見る |
『ゴールデンスランバー』~痴漢は死ね!~



伊坂幸太郎が娯楽に徹して書いたという作品。読むと納得。
だが随所に散りばめられた伏線とその回収のしかた、すべてが解き明かされるとは言い切れないラストなどやっぱり伊坂作品だなあと。
私は個人的に分厚い本が好きなので、それだけで満足。
突如首相暗殺の汚名を着せられ逃げ回ることとなった主人公青柳。
様々な歯車がからまりあい、どうやら大がかりな陰謀が彼の周りで動いていたようだ。マスコミもこぞって彼の暗殺を「事実」として報道し、主人公は一人逆境に立たされる。
行き場のない青柳、彼の無実を信じる家族。
友人や昔つきあっていた彼女に助けられ、色々な人が彼の逃亡に手を貸す。いったい何が起こっているのか、そして青柳は逃げ切れるのか・・・。
のっけからケネディ暗殺のオズワルドを彷彿させる描写で、権力を敵に回し謂われのない罪をなすりつけられた一般人はとうてい太刀打ちできない恐怖を感じる。
日常が連続して日常でいられるなんて奇跡のような偶然のおかげでしかなく、一歩踏み外すと途端に非日常の世界に迷い込んでしまう。
落ちるのはたやすく戻るのは難しい。
そんな「詰んだ」状態の青柳がどうすれば現状を回避できるのか。
私が読んでいていいなあと思ったのは、青柳と彼をめぐる人々との関係性だ。
主人公である青柳には権力に対抗する力も、特殊な能力もなにもない。だが彼は、たとえ裏切られても人を信頼し、人から信頼してもらえる人格がある。それは大きな力だ。
彼が100%犯人であると決まったかのような報道がされても父親は息子を信じ、容赦なくマイクを突きつけるマスコミに毅然とした態度で返答する。他にも学生時代のバイト先の社長や働いていた運送会社の先輩、同業者だった人、サークル時代の後輩など多くの人達が彼を信じて逃がそうとする。
『逃亡者』と聞くと真っ先に思い浮かぶ映画で、ハリソン・フォード演じる医師もそうだった。なにもかもなくしてしまった状態でも、最後に残るのは人とのつながりなのだ。
そして元カノであり、現在は別の人と結婚してかわいい娘までいる晴子とのエピソードがよい。彼女もニュースを見ておどろいたうちの一人で、最初は青柳が変わってしまったのかと思うがやはり彼がそんなことをするはずないと信じ、自分なりにできることをやろうと単独で行動しはじめるのだ。
青柳と晴子の過去や関係がとてもほのぼのとしていて、現在の晴子の行動もどこかのんびりとピントがあっていないかのようで、逃げ続ける青柳がひたすら緊迫している中、一種の清涼剤となっている。
有名な歌「~さんからお手紙ついた」の言葉遊びや、父親と息子とで通じる符号など伊坂らしい箇所も多く読んでいてわくわくと楽しい。
「痴漢は死ね」という言葉がこれだけ痛快に聞こえたのは初めてだ。
読み終えた後は声高々に「痴漢は死ね!」と叫びたくなる。
![]() | ゴールデンスランバー (新潮文庫) (2010/11/26) 伊坂 幸太郎 商品詳細を見る |
『アヒルと鴨のコインロッカー』~その努力はいかほどだったろう~


う~ん、せつないなあ。
大学生の椎名は、引っ越し早々アパートの隣人に突然「一緒に本屋を襲わないか?」と持ちかけられる。
彼は河崎と名乗り、その突拍子もない誘いにびっくりしながらもなぜか気がつくと行動をともにしていた。
時は変わって二年前、琴美は恋人のドルジと元カレで今は友人である河崎と、世間で騒がれているペット惨殺事件の犯人を捕まえようとするが・・・。
現在と過去、両方をいったりきたりする小説。
伊坂作品なのであれ?という違和感は伏線だと思っていて間違いない。
だが、そのミステリ要素がなくとも青春小説として普通に読める。特にイケメンで女性の敵でありながら不思議な魅力がある河崎と、ブータン人で独特の世界観を持つ素直なドルジの二人がよく、一緒にいる琴美がうらやましくなってくる。
過去の出来事と現在の出来事、デジャヴのようなセリフ、二つの世界が徐々に繋がってくるにつれて言いようのない不安が湧いてきて心配でたまらなかった。
読後感はあまりよくない。だがそんな展開ながらも爽やかに読ませるのは著書の筆力だなと思う。
まずは何も気にせずさらっと読んで、次はぜひじっくりと二度読みして欲しい。
そうすることによって、なぜかよりせつなさが増すと思う。
以下ネタバレ、反転して読んでね!
タイトルに付随するひとことは本の紹介だったり端的な内容だったりするのだが、今回のそれは現在の河崎がドルジだったとわかった瞬間私が感じた衝撃だった。言葉がまだたどたどしかった彼が、恋人と友人を亡くしどれだけ必死に勉強してそこまでになったのだろう。彼の孤独と努力を思うと泣きそうになった。
そして純粋に、ああ彼は河崎を好きだったのだな、彼になってみたかったのだなとも思った。
私がずっと本編を読みながら感じていた違和感は、過去の河崎の描写がしつこいくらい容姿端麗とほめちぎっていたのに対し、現在の河崎は浅黒い肌や細身な体型だけで顔の描写がほとんどなかったことだ。それをなぜだろう?年月によって変化したのか?と疑問に思っていて、答えがわかって腑に落ちた。本編にはないドルジの過ごしてきた空白の二年がとても深い。
![]() | アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫) (2006/12/21) 伊坂 幸太郎 商品詳細を見る |